ようこそ、有限会社ディスクワークスのホームページへ!
このページでは、弊社の会社概要とこれまでの歩みをご紹介しています。
このページでは、弊社の会社概要とこれまでの歩みをご紹介しています。
有限会社ディスクワークスの概要
| 会社法人等番号 | 1800-02-044012 |
|---|---|
| 商号 | 有限会社ディスクワークス |
| 本店 | 愛知県名古屋市緑区鳴海町矢切84番地 |
| 電話番号 | 052-629-1775 ファックスは廃止しました |
| 設立年月日 | 平成11年1月27日(1999年1月27日) |
| 発行済み株式 | 80株 |
| 資本金 | 800万円 |
| 役員 | 取締役 菅谷幸司 |
会社の登記簿より - 会社の目的 -
- コンピュータシステムに関するコンサルタント
- コンピュータソフトウェアの開発
- コンピュータ機器の設置工事業
- コンピュータ機器の販売、修理
- コンピュータ及びその関連機器によるネットワークの設計
- 上記各号に付帯する一切の事業
※平成11年の会社設立時に登記した内容です。
今も大体同じような仕事をしています。
業務内容
- システムコンサルタント
- コンピュータソフトウェア開発
- ハードウェア開発
- インターネットインフラ構築
- データ復旧・データ消去
- コンピュータシステムの保守運用
ディスクワークスの沿革
会社の沿革というより、だんだん代表者の思い出話になっています。
昔のコンピュータやインターネットの話がお好きな方は、どうぞお付き合いください。
なお、日付については正確ではない部分もあると思いますのでその点ご了承を。
| 1995年2月 |
菅谷幸司が私企業「ディスクワークス」を開業する
仕事のために初めての携帯電話の契約をする
キャリアは東海デジタルホンで当時100円で契約できました
なお、この番号は今も使ってます
|
| 1995年5月 |
取引先の大島木型製作所(現 有限会社大島モデル)様から
有限会社デー・シー・テクノロジー様を紹介して頂く
この頃は、UNIXマシンとMS-DOSのPCをTCP/IPで接続する仕事が多かったです
当時の 大島木型製作所様にはUNISYS S/8400が稼働中でした
|
| 1996年1月 |
有限会社デー・シー・テクノロジー様で同業者間ISDNネットワークを見せて頂き驚く
YAMAHA RT100iを使い取引先同士をダイヤルアップ接続し、
CADデータをやり取りする仕組みで、
最大7~8社とのデータ転送の仕組みが実稼働していました
|
| 1996年11月 |
有限会社デー・シー・テクノロジー様からCADメーカー DELCAM JAPANをご紹介頂き取引が開始する
DELCAMのSolaris版3D CAD Ductを動作させるSolaris(x86)環境に触れる
WindowsNT4.0 workstationをインストールした自作PCワークステーションの提供開始
|
| 1997年8月 |
有限会社デー・シー・テクノロジー様よりインターネットサーバ構築依頼を受け、
10月にLinuxによるインターネットサーバを構築納入する
デー・シー・テクノロジー様の社内にUNIX、Linuxに詳しい方がおられて大変助けられました
|
| 1997年10月 |
ヤマハの関連会社ワイズコーポレーションと取引開始
私企業であるにも関わらず信用取引にてヤマハ製品を仕入れられるようになる
もう感謝しかありませんでした
|
| 1997年11月 |
自宅に初めてのダイヤルアップルーター YAMAHA RT80iを導入する
世間で流行っていたテレホ族に無事入る
|
| 1998年7月 |
業務拠点を現在の住所に移す
|
| 1998年7月 |
OCNエコノミー専用線によるインターネットサーバ運用を開始する
サーバはSun SPARCstation IPXとSolaris 2.4、ルータはYAMAHA RT100iという構成
実際の開通は10月でした ドメインはdwc.ne.jpでした(現在も使っています)
|
| 1998年8月 |
株式会社インフォネット開発(現閉鎖)様との取引開始
オープンソース型業務アプリの販売支援と東海地区でのカスタマイズ案件の受託を開始
2年後に弊社はインフォネット開発 名古屋営業所を兼ねるようになる
|
| 1998年9月 |
初めてのPCサーバ Compaq Proliant 1600を導入する
社内ファイルサーバとしての導入でOSはWindows NT4.0 Server
|
| 1998年10月 |
ファイルサーバとして利用していたCompaq Proliant 1600が謎の病気に何度もかかる
ログインできなくなる症状で、ファイルを退避してOSを入れ直しても数時間で同じ症状になります
原因は社内にWindowsNT系にだけ感染するウィルスがありCドライブ全体共有が原因だと理解する
Cドライブ全体共有はダメ絶対!
|
| 1999年1月 |
自ら会社設立の手続きをし有限会社ディスクワークスを設立する
生まれて初めて公証人役場にお世話になりました
|
| 1999年3月 |
日本国内では最初期のWiFi機器を導入
ICOM AP-1 / UX-136という製品で155,000円しました
|
| 1999年4月 |
12本のISDN回線とAscend MAX4000と3COM RAS1500を導入し、
ダイヤルアップ設備を導入する
|
| 1999年5月 |
Dual PentiumProのマザーボードを手に入れたことをきっかけに、
サーバを高性能なものに入れ替えるべく、自作サーバを組み立てる
FreeBSDをインストールしインターネットサーバを構築しました
|
| 1999年8月 |
自作のインターネットサーバがあまりにも不安定でむせび泣く
|
| 1999年10月 |
名古屋大須のジャンク屋で見つけてきたSun SPARCstation 5を
次のインターネットサーバにする
OSはSolaris 2.4
あまりの安定性にビビる
|
| 1999年11月 |
取引先の1社にWindows NT 4.0 Terminal Server Editionを導入する
シンクライアント3台も使い社内でデスクトップ環境の共有を実現する
なお、この5年後、この会社の与信事故に巻き込まれる
|
| 1999年12月 |
株式会社高木金型製作所様(現閉鎖)に納品設置したRT80iが、
社内にあったクボタ製のUNIXマシンの異常なパケット送信により
異常発信を続け、高額な電話代請求が来たと呼び出されて
めちゃくちゃ怒られる
接続先は弊社だったので、リモートアクセスログを確認していれば
この件は防ぐことができた事案でした
|
| 2000年1月 |
2000年問題カウントダウンで、仲間のエンジニア同士、ICQで盛り上がる
結果、何も起きず肩透かしを食らう
|
| 2000年3月 |
株式会社大興様に生産管理システム(C/Sデータベース)を開発し納品する
ORACLEを使った中規模なシステムでした
|
| 2000年4月 |
弊社のソフトウェア開発部門が閉鎖される
先の生産管理システムを開発した社員が独立し別会社を立ち上げました
ソフトウェアの権利などは新会社へ無償譲渡されました
|
| 2001年1月 |
インターネット専用線を拡張する
中部テレコミュニケーションのHSD回線で384kbpsになりました
基幹ルータはCisco 2501でした
またこの時、グローバルIPアドレスを128個割り当てられました
|
| 2004年2月 |
インターネット専用線を拡張する
中部テレコミュニケーションがパワードコムに変わり、回線品目も100MbpsのEthernet接続に変わりました
基幹ルータはYAMAHA RTX1000になりました
グローバルIPアドレスは引き続き128個、割り当てのままです
実際に使っているIPアドレスが少なかったのでJPNICにIPを返還する「大政奉還」を促されますが無視しました
|
| 2006年4月 |
インターネットサーバを順次、PCサーバにリプレイス
これまでSun Microsystems製のサーバとUNIX OS「Solaris」にてインターネットサーバを運用してきましたが
PCサーバの性能の向上とUNIXサーバの性能比が無視できなくなりつつあり、コストパフォーマンスを考慮し
順次、HP Proliantへのサーバのリプレイスを開始しました
|
| 2007年10月 |
ダイヤルアップ接続サービスを終了
長きにわたり提供していたダイヤルアップ接続サービスを終えました
ISDN回線、アナログ回線(56kbps)、PIAFS(PHS)回線に対応したLucent MAX6000が役目を終えました
一時代の幕引きのような出来事でした
|
主要取引先と主な納入先
- 伊藤忠テクノソリューションズ株式会社と関連各社
- トヨタ自動車株式会社及びトヨタグループの関連各社
- 株式会社日立製作所と関連各社
- NTT株式会社と関連会社
- 中部電力株式会社
- 三菱電機株式会社
- 株式会社東芝
- 株式会社中日新聞社
- 中部日本放送株式会社
- 株式会社岐阜放送
関連会社
有限会社リテック